これから数回、医療や健康、福祉などについて、昔の人々は今と違ってどう考えていたのか、また、日本と西欧とでどのような違いがあったのかについて考えるためのコラムをお届けしようと思う。各回、問題を特徴づける言葉を選び、その言葉に込められた意味や、背景となる歴史から、現在の日本とは異なった世界のあり方を垣間見ることができれば、これ幸いである。
まず最初は「ご自愛」という言葉に注目してみよう。昨今、すっかり手紙は流行らないようだが、昔は末尾には必ず、相手を気遣って「ご自愛ください。」などと書いたものである。だが、この「自愛」とはどういうことなのだろうか?文字通りに解釈すれば「自分を愛すること」になるが、実際の意味として「健康に気をつけること」だということは言うまでもない。この「健康に気をつける」というのは、「自分の健康に気をつける」ことであり、「自愛」とは「自分の体に気をつける」ことになるが、すると「愛」とは「気をつける」ことであり、「よく面倒をみる」ことになる。これは現在の通常の「愛」の用法とは、少し趣を異にする。現在、「愛」というと、夫婦愛、家族愛、子供に対する愛など多岐にわたるが、その中心的な意味は、男女の「愛」を代表とする、対等な者が相手に心引かれ、その相手を大切に思うことにあるだろう。だが、古くは儒教における「悌愛」といえば、目上の者によく使える徳である「悌」に対して、「愛」は目下のものを大事に面倒を見る徳を言った。また、目下の者への「愛」は限度を超えると「溺愛」というように、悪いものとされていた。
愛についてはこれくらいにして、自分の健康という対象について考えてみると、同じようなことは西欧の文化の中にも見ることができる。たとえば、手紙の末文であれば、英語でも「Take care of yourself !」とはよく言うことである。(ドイツ語にも、Bleiben Sie gesund !などと言う表現がある。)ここに洋の東西を問わずに共通して見られるのは、自らの健康や体を自らの管理の対象とする考え方である。これが現在の生命倫理の中核を成す考えであることは言うまでもない。すなわち、患者の自律性(アウトノミー)であり、「自分の体のことを決めるのは自分である」、身もふたも無い言い方をすれば、「自分の体なんだから、どうしようと勝手である」ということになる。
だが、こうした考え方は、昔からあったのだろうか?すなわち、人間の健康や体を管理する権限は昔から本人にあったのだろうか?
ルソーはその社会契約論第二巻第五章を、「人は自らの命を左右する権利を持っていないのに、どうしてその権利を主権者に譲り渡すことができるのだろうか?」という問いから始めている。ここに明らかなのは、プロテスタント、カソリックを超えた基本的信念として、命は神が与えたものなのだから、人間がどうこうしてよいものではないという考えである。
儒教では、まず基本として「人体髪膚これを父母に受く。あえて毀傷せざるは孝の始めなり。」というように、自分の体だろうと、自分でこれを自由にはできない。自分の体の処分権には序列があり、少なくとも自分の意思は父母に劣後するのである。だが、儒教文化は自殺を認めないわけではない。より上位の価値である、「道」のために死を選ぶことは決して否定されるものではない。楚の屈平は祖国の将来を憂い、献策が採用されないのをみて石を抱いて川の淵に身を投げた。それどころか、自らの命だけでなく、家族の命までも道のためであれば、犠牲とされることがあった。明の時代、建文帝に重用された方孝孺は徳望高い当代きっての儒学者であった。建文帝が叔父である朱棣(後の永楽帝)に滅ぼされた後に、当の朱棣は方孝孺に詔勅を書くように命じた。しかし、方孝孺は簒奪者である朱棣の命に従わなかった。朱棣は家族の命を奪うと方孝孺を脅したが、聞かず、結局、一族八百四十七人を殺され、自らも刑死したのである。
これら中国の例は、自殺を認めない西欧に対しては反対事例となるが、しかしだからといって、自分の命や体に対する処分権を本人に認めたわけではない。個人を超えた道という超越的価値にこそ処分権があるのだ。
では日本ではどうなのだろうか?この問題を明らかにするために、次回は「養生」という言葉の歴史を見てみよう。
なお、上記文中の外国文献の翻訳は、断りのない限り、筆者が行っている。
【参考文献】
立岩真也著『私的所有論』
J.-J. Rousseau, 'Du Contract Social' Oeuvres complètes Ⅲ
浅見絅斎著『靖献遺言』

プロジェクト・マネージャー
東京大学人文社会系大学院修士課程卒業。
数理解析によるコンサルティング業務に従事。
研究分野は家族社会学、社会史。